キッチン

かの有名なキッチンを読んだ。読み終えた。吉本ばななさんの作品を読むのは初めてだった。

 

家に居たくない為に図書館に朝から晩まで入り浸り、とにかく読み耽ったのはミステリだった。いつも陰鬱で死の匂いがするものを読んでいた。(ハイジや15少年漂流記、ナルニア国物語十二国記も大好きだったけれど)

小学校で乱歩、中学で宮部、高校で京極。乙一にリングに螺旋。陰鬱な事情、積み重なった澱を、殺人事件が発端となり探偵が暴く。

人を殺す程の突き抜けた衝動はよく理解できた。殺す理由、殺される理由。どちらの事情も。そうしなければどうしようもない。それしか打開策がないと思わせる袋小路がとても共感できた。実行に至る事情が酷ければ酷い程。

そして動機を探偵が暴くのは、殺人事件において必要な過程だった。澱の溜まるシステムを告発し暴く。暴かないと整理ができない。

私の暮らしていた家も最早時間の問題で、いつ私がなにがしかの事件を起こすのでは、といつも思っていた。

乱歩作品に出てくる奇妙な人物達は、母親にそっくりだった。

 

キッチンは誰も暴かなかった。大切な人が死に空虚になった心に枯葉が積もっていくのをドラマとして描いていた。とても自然だった。枯葉は優しく包み、癒していくのだろう。

登場人物は普通の人だった。普通に愛されて育ち、空洞を抱え、その様子を美しく描いていた。

読み終えた今、不思議な気分だ。大切な人が死んで、苦しいのに色彩が鮮明な。日々が輝くことは殺人事件よりずっとずっと地味だけど、それはそれで愛すべき日々なのだ。

そういう作品を今まで避けてきた。愛を既に獲得している人物は、共感に値しなかったからだ。話の中では一時的に人が死ぬことで喪失してるけど、持たざるものは喪失さえできない。その辛さは比較する事ができないものだけど。

地獄から抜け出して明るい道に出た自覚のある今読んでみても、この人物達は大層しっかりしているように見える。大変に大人で、感情表現もスムースで、思いやりも生活力も決定力も申し分なく、社会に適合している。

以前の私が読んだなら、羨ましくて嫉妬して最後まで読めなかっただろう。今は「へぇーそうなのかぁ」とすんなり読める。

少し羨ましいとは思う。大学生の時こんなに自信があり情緒が安定してるなんて。根の暗さを全く感じない。感情表現のエリートだと思う。

人が死ぬ事で浮き彫りになってはいるが、描かれている空虚はこの人らに元々寄り添っていたものだと思う。空虚に肉迫している。その視点があるから読者は孤独にならずに済む。普通の人のように見えるけど、感情のエリートだけど。作品の中にもグループがあり、死の匂いのしない幸せそうな人達グループはやはり主人公から見て遠く描かれていた。

喪失の中で見る色を言葉に書き写していくのが、この人は大層上手なのだな、と感じた。出てくる人物達が見せる勘の良さ、鋭さは、作者本人の持つ才能だと思う。

カツ丼を届ける発想がとても良かった。行動してから考える。行き当たりばったりが結果的に良い結果に結びつく。

その「考え無しな正しさ」というものを多分私も持っている。それを死ぬまでには輝かせたい。

読み終えたばかりだからまとまらないけどいいかぁ。

ミステリばかり読んでた子が大きくなったなぁ。こういうのも読めるようになったんだ。

大学生の時の数少ない友人がこの作品を好きだと言っていたのをずっと覚えていた。やっとその蓋を開けて中身を見る事ができた。彼女とはもう疎遠だけど。