黒い胎児

前置き
エッセイが世に出てからある程度反響を頂き、あれは排泄物だったと気付いた。
ものすごく太く真っ直ぐな綺麗なうんこ。
自分の体験を消化しきり、エッセンスを血肉にして、人様に分かるように記す。
内部の微生物を分析する。
体験と思考を駆使して、伝達する。
もしかしたらフィクションもノンフィクションも、手続きが違うだけで皆、精神的排泄物なのかも知れない。
音楽も絵も文も。
人様の作品を排泄物というのはあんまりなので、生産物と呼ぶべきだが。
自分の作ったものに関しては体感が排泄物なのでそう呼びたい。
出してスッキリするもの。
といっても、まっすぐ綺麗なうんこを出すのも大変なことで、それはそれで良きことなのだ。


今回はかなりホラーファンタジーな表現が多いですがドキュメンタリーです。
ぶっ飛んでますが、ついてこれる方だけどうぞ。
これは10月の出来事でした。
5ヶ月も経ってしまったのか。
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8月から、またしてもずっと仕事に忙殺されている。
そして密かにやりたいと願いつつ、ずっと見て見ぬ振りをしてきた事に向き合うと一時は思ったのに、また時間が取れず身動きできない状況に歯がゆく。

過食と不眠。過食は基本常にそうだ。仕事中常にもぐもぐしていないと気が済まない。
口の中の味を変える事で何かしている気になる。
「今私休憩中です!これ食べてるんで手を動かさなくてもいいんです!」という言い訳のために食べてしまう。これは慢性的にここ5年、仕事中常にある。
本当にしたいことをできない為に、代替行為で仮満足を得るだけだ。
だが最近はより酷いような気がした。
不眠は、寝つきが悪く中々寝られない。5時間程度で起きてしまう。
もっと寝ないと全然回復できない。でもどうしても朝目覚めてしまう。二度寝も難しい。
2ヶ月ほど、ずっとこんな生活だった。常に緊張している。

結果を出さなければいけない。
役に立たねばここにいる意味はない。
でもどうしたらいいか分からない。
分からないなりに道を示さなければならない。
どれが正解かは、自分が導き出さなけらばならない。
ないないないない。語尾は全部「しなければならない」。
この万力で締め上げた私の本体は死にかけた。

羊の満月だった。
部屋で1人の夜、急に泣き始めた。
体の中で、何か煮え切らないし出ても行かない、宿便のような物体がいるような気がしてはいた。
どうやったらこのモヤが晴れるのか。体を動かしても出て行かない。
料理しても部屋がきれいになっても、何か足りない。
違うんだ。
違うんだ違うんだ、とへたりこんで床をダンダンと殴った。
振動でPCのHDが飛んでブツッと電源が落ちた。
うずくまると滂沱の涙が流れた。
苦しい。理由も分からない。そんな風になるようなぱっと思いつく出来事もなかった。
いつもは悲しみに終わりが来ると知っていた。
悲しみの理由を見つけ出すだけの理性が常にあった。
でも違った。この苦しさはいつものとは全く別種の何かだ。
皮膚の裏側に黒い何かが張り付いていた。
私は私ではなかった。
黒い塊が目玉をぎょろっとさせて私を見ている。
いや、目玉をひんむいているのは私自身だ。
つまり私は内部から、皮膚の裏側に忍び込んだ何かに乗っ取られていた。
この部屋に誰もいなくてよかった。
私は怪物に変貌していた。
衝動の化け物のようなやつだ。知性はない。
そいつに乗っ取られた私の体は、只々悲しみを垂れ流すだけの装置と化していた。
だが苦しみだけは感じる。感覚はまだある。

いっそ物だったらよかった。
ペン、スプーン。水。水のほうがいい。水素でも酸素でも。そうしたら海の一部にも、雲にもなれる。
なぜ人間なのか。感情はいらない。苦しい。感じたくない。
だからもういらない。
人間はつらい。いやだ。いやだ。
心があるから苦しい、物だったら楽なのに、ただそこにあって許される、この何かしなくてはいてもたってもいられない苦しみ。

隣の部屋に住む人に助けを求めたかった。
部屋の壁を叩いて「頭がおかしくなりそうなんです!助けて下さい!」と。
そんな事は言えるはずもない。こんな近い場所にいるのに、実行したら狂人扱いだ。
隣人は他人だ。壁1つ隔てただけで、泣き声や私のうるさい歌も無視できる。それがたくさん集まって地上は孤独でいっぱいだ。
人は言葉と体でしか交わることができない。
頭の中を理解してもらうには、整理して提示しなくてはいけない。
この世では偽物と本物が混じり合って、どちらも消えていくのに、作ることは怖くて、意味が無いかもしれない。

いつまでもこの衝動と、床で、のたうち回る。そういう生き物になるのか。
動かねば。書く。その運動をほんの少しの理性がこじあけた。
どうしたらいいかも全く分からない。この感情は文字に書けない。
大混乱の渦で衝動しかない生き物は文字を書けない。
ノートとペンを何とか掴みぐしゃぐしゃとストロークする。何の意味も成さない。

それを続けていくと、少しずつ形を作っていった。
黒い何かに乗っ取られた私の絵だ。というか怪物の絵。

髪の毛から目玉が覗いてこちらを凝視している。
そう、こういう形なのだ。まさに今。
証拠を残せたことで少し落ち着いた。変わらず滝のように涙と冷や汗が流れるが、人間だから描く、書くことができる。
理性が少し戻ってきた。
太刀打ちできないほどの衝動だったが、理性こそ武器だ。それが杖だ。

お前は宿便のように私の体内に溜まっていた不満の因子か?

返答はない。
というより、明らかに意思があって生きていた。蠢いているのが分かるのだ。
排泄物にカウントできるレベルではない。
もっと大きな何か。

あなたは誰?

返答はない。
だがマグマのようなエネルギーの塊というのは分かった。闇だ。悪ではない、もっと根源的な。
子宮のさらにもっと奥のような、深海の崖の底のような。
こいつのエネルギーを、大砲みたいにぶっ放せる力があればどんなに楽か。でも出すには形を作らなければならない。絵でも歌でも文でも。
それがなんてもどかしい。
この衝動を理解してもらうには、人に理解できる形にしなくてはならないなんて!

だから私は歌の形がほしかった。
それが答えだった。
人の歌は麻薬で、擬似的に満たされるだけで、本当の望みではない。
オリジナルのうんこは出ていないわけだから、堆積した便秘が大変な量になっている。
いや、こいつを胎児と呼ぶならば、塞がれているのは産道だ。
胎盤の中で育ちすぎて、出口を見失ったまま、腹の中からドコドコ扉を叩いていた。

それが過食であり、不眠であった。
2人分の食料を食べることで、母である私に気づかせようとしていた。
朝早く起こすことで、不満を伝えようとしていた。

私の本性である胎児がやっと、外側を司る大人の私に認知された。
その途端、真っ黒で体を掌握しようと蠢いていた胎児は、シュルシュルと小さくなった。
いらない子」なんて、辛すぎる。親にやられたそれを、自分自身に叩きつけてきた。

でも仕事が大変で、本当にやりたい事なんか中々できないよ。休日に時間とってもさ、疲れて。
だから胎児の存在は都合が悪い。居ない方がうまくいく。大人の立場なら特に。
歌は金を稼ぐのに役に立たない。会社員なら特に。

だから大人の大半は、深部の胎児を忘れて生きる人が多い。
居ないことにされた胎児が干からびて死ぬと、外骨格だけの空っぽ人間に変貌する。
胎児が外側の乗っ取りに成功したら狂ったりする。

あの闇の胎児を外に出して、形を与えないといけない。それが使命だ。
生活はしなければならない。でもどうにかやり繰りして。
外に出してあげたら、どんな表情を見せるだろう。

まだ実生活もままならず、苦しくて会社に行くのも時々嫌になるけど、それは自分で少しは変えられる。
難しい事だらけで、全部上手くやるのは多分不可能で、怖くて怖くて不安だけど。

「知らんがな」と「出たとこ勝負」が今のお守りだ。

端的に言うとお前の子認知しろ騒動だった。
暴れて産まれ出るのが羊の満月なんて、計ったようなタイミングだ。
形を作る。これをずっと模索していく。