近況とイメージについて
久しぶりにブログを見た。超珍しい、コメントしてくれてた人がいた。
はてなIDは変更できないんだね。変えたいよナニコレださ…
下書きのまま塩漬けした記事は沢山あるけどもういいね…
人間のスケールだと停止してるように見える中、宇宙的にはものすごい深度と速度?で生まれ直して別人になり続けたかんじ。これをやるために、きっと時間を与えられたのだろう。
今までは自分の事を書いて、読む人の参考になったらな、という気持ちで書いていたけど、もうここまで来ると正直誰の参考にもならない。信じてももらえない内容になってきたし。
人間界の客観の世界では主観は地位が低くてな。証明もできない。実感と体感が全てという主観の世界での出来事だから。確信は体の芯で感じるもので、他人に説明できるものではない。
だからもう書く事は諦めた。分析も辞める方向になってたし。
分析、私はそれを武器として使ってきたんだけど…(賢いふりをして生き延びてきた…本当はアホが持ち味なのに!)頭を理性的に使う事で人間界に過剰適応してきたのだけど、それが「勘」を働かせるのに邪魔で邪魔で、とにかく瞬間的に思考してしまうプログラムを捨てる、というのがここ最近のテーマだった。
ぼーっとして、いい具合に空っぽの方が良い。私の中にいる何人かも、ずいぶん様変わりした。昔書いた人からメンバーチェンジしている。より古く、より因縁の強い方へ。もうこれ以上はないだろう。
この体を彼女達に使ってもらうのに、この表の私の状態が相応しくなかった。ぼーっとすると、いい具合になる。
これをもっと使いたい。私の体を適切に運用したい。管理者としての表担当の私は今まで頭がガチゴチで、とにかく自分が何とかしなきゃ精神で立っていたが、本当はもっと誰かの後ろにくっついているべきbabyだったのだ…。不安だからイキって威勢よくやってきただけで。
人よりずっとスケールのでかい存在がいて、大きい流れというものがあると知ったから。その流れに身を任せる事が目下のテーマであり、それには大きな視野がいる。人の近視眼的な目先の損得ではない、人の評価基準からはまったく外れた道。
そのルートにもう入っていて、不安になったとしても身を寄せて安心できる、肉体の親ではなくもっと魂の根幹にある、守ってくれる存在というものがあると知った。
そして自分が決めること。現実は自分の意志が決めてる、らしい。深層心理と表層意識が乖離してるとだめ。これ、体とも通じる。
以前ほんの少し武術を習った事があって、私は相手の胴着を掴む力がやたら強いようだった。相手が全く掴む私の指を外せないみたいで。相手の力が物理的に弱いというよりも、私は精神のねじれをずっと解き続けてきて、体が意志を通す回路も整理されている、という事だろうなと感じた。だから余計なプログラムを挟まず回答に直結しているせい、だと思った。
検証はしない。主観と実感の話だから。
まあこれは余談で、現実はそんな強くないらしい。今は因果が逆転していて、硬く構築された果が人の因を圧迫しているというか、対等ではない。時間も一方通行で。囲まれた現実によって人は選択を譲らなければいけない、と思っている。
この思い込みを破壊したい。できるらしい。
私は「夢」というものを一度も真面目に考えた事はなかったし、「希望」というものも全く縁がないものだと思っていた。だから「イメージ」する事をかなりバカにしてきたというか、肉親の悪魔的調教の結果まんまと狙い通りすれっからしに育ったわけだが、この「イメージ」が実はかなり使えるツールらしく、私もこれが使いたいのだ。
今のテーマはこれです。イメージ1つで体が更新される。
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点線面vol.1ちひろ特集への寄稿+座標と螺旋の仕組み
[前記]
2016年、寄稿の依頼を受け書いた文章を無料公開する。
これは『点線面vol.1』というリトルプレス誌に掲載された。2016年09月01日発売。原稿を書いていたのは2016年06月末~07月頭。丁度4年前。
安田弘之著「ちひろ」「ちひろさん」を特集した記事の中の1つだ。


この文章は編集さんからテーマを受け書いたが、私の中心にいる子供が泣きながらキーボードを叩いて打ち出したものだ。外側の私が書いたものではない。
何となく、この文章は公共物の気がする。私が独占していてよいものではない。だから時間も経ったし無料公開する。編集さんは快諾して下さった。
公共物というのは、自動書記的に「降ろされた」感覚があるからだ。私だけのものではないので、必要とする人に伝えられる環境を整えておく必要があった。
4年前と思うと感慨深い。今は当時と比べて殆ど別人のようになったけど、これはその変化の過程で生まれたもの。
この文章、そういえばタイトルを付けていない。本の中では上手いことやってくれてるけど。当時は思いつかず、今付けようとしても良いのが思いつかない。
当時のPDFをまとめ直すにあたり、おかしな表記を2箇所修正した。
本に載せたブログのアドレスはこちらに移転した。まだ跡地は残しているし、こちらへ誘導するリンクも貼っているが。
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目次
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体に適する環境を作る
グレタさんに対してどのような反応を取るかで、その人の本性が分かるようになっている。彼女は鏡の役割をしている。
それはさておき、私が現在やっている健康の為の行動が、結果的に環境保護になっていると思うので紹介しておく。
シャンプー、リンス、ボディソープ、最早石鹸すら使わねえ。湯シャンとクエン酸。
どういうことかと言うと、詳しくは宇津木式肌ケアの本を読んでくれ。
アマゾンじゃないよ楽天だよ。アマゾン経営おかしいっしょ。だからなるべく別の所で買ってるよ。消費者が何を選ぶかで少しずつ世界が変わるので、自分なりに選択している。
雑にまとめると、頭皮も顔も体も洗いすぎで、皮膚が削れてて、化粧水も乳液も実は全く意味がなく寧ろ乾燥させるというショッキングな内容だ。本当は皮膚から自分に最も適した油脂が出る筈なのに、皮膚を削りまくってるせいでターンオーバー死んでる、という話。
外部からの油脂水分の補給なんぞ要らねえ、そんなもんは本来自分の体で生成されて補給されるもんだ、という主張。この自己治癒の考え方、ここ数年で読み漁った本の内容と、体感に合致しており、こっちが真実だと割と確信してる。
まあ要らんもんを高く売りたいわけだ、それが資本主義の商売だからさ。化粧水や化粧が最早常識と化してしまって、ぼろ儲け世界。加担したくないしカモにもならない。
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