俺氏、夫のちんぽが入らない、に震えて思わず挙手してしまうの巻

こだまさんの告白につられて挙手し勝手に告白する。夫ちんぽのネタバレは無い。共感が痛過ぎて書くしかなかった。ご覧の通り真面目に下ネタを書くのでお子様は散るように。青少年は隠れて読んでも良い。私を知る大人は各自適当に素知らぬふりなどすること。

28歳、2人目の彼氏のちんぽが入らなかった。
30歳、3人目の彼氏のちんぽがやっと入った。

2人目の彼氏は6歳ほど上だったか、道でナンパされて付き合う事になるが三ヶ月で終わりを迎える。私が彼の本人格を掘り起こした為、ガチの二重人格となってしまいトラブルが絶えなかったのだ。私は処女だったので膣が大層狭く、相手は太かった。そして何より、私は相手を心から信用していなかった。本当にこの人で良いのか?と思っていた。あまり好き好き言われてもピンときていなかった。慈愛をもって接したが、問題から逃げる姿勢が俯瞰するとよく見えた。そもそも完全に他人に身を預ける事へ疑念があった。他人を心から信用した事がなく、安心した事も無かった。28年生きてきて一度も。幼稚園の時代ですら常に緊張していた。安田先生と出会って少し経った頃、先生の事は信頼していたけどまだぎこちなかった。

処女だから慣らさないと無理、と何度も言った。内部に侵入されるのがたまらなく恐怖だった。それはとても痛いのだ。痛い、痛い。恐い。ネットで検索して、入らない女性の悩みに回答する人々の中で、信頼に足る人物を探し回った。ヤフー知恵袋の回答者、処女を捨てたい女性のお相手をしている男性、そんな世界があるなんて知らなかった。そこまで積極的に調べた事が今まで無かった。セックスが身に迫った危機として追いかけてきたのは初めてだった。

そんな中、1人の豪快な語り口の女性を見つけた。セックスカウンセラーのアルテイシアさん、救世主である。彼女はお願いされた少年の筆下ろしを手伝ったり、少女の性の悩みに答え、すれ違う男女の問題を解決するため奮闘していた。

「処女膜なんか存在しないよ。生理の時困るじゃん。膜という名付けが誤解を生んでるだけ」「痛い時無理やり入れるだと?女はどんどん拒否していけ!」「新品のジーンズはキツイ、それと同じだ。慣らせ。そして濡らせ。それしかない。」

この文章を読んでどれほど救われたことか。地に足ついたしっかりした口調と、隣で対話している産婦人科医の宋美玄先生の説得力。膜じゃないんかい〜、新品のジーンズなるほど〜と頷くしかない。拒否していいんだ。それは当然、文字にすればその通りだけど。寧ろ拒否しない女の子が問題を抱え込んでしまう、それを心配して無理矢理な男に激怒しているのをよく見かけた。私は拒否できる子になるぞ、と思った。

色々座学を勉強したものの、結局入らないのだ。2人目のこの人とは。「無理やり入れる奴を拒否しろー!」という豪快な肯定は、少なくとも私を勇気づけてくれた。痛い時は痛いと言う。正直に。「痛いと言ったのに無理やりやる奴は噛みちぎる!」その意気だ。そして半ちんぽでもうメリメリのムリムリイテイテで、ギブアップだった。クリスマスに振った。

入らぬまま3人目の彼氏と付き合う事になる。奇しくも30の誕生日に。しかも相手は大幅に歳下、どう見ても私は姐さんだ。初対面で革ジャンを着ていた手前、処女とは絶対言えない。革ジャンがなんだ。ロックな格好と中身は何の関連性も無いんだぞ。どうしようもない。二進も三進も行かず自ら白状した。ところがどっこいこの相手ができた人物で、それはもう優しい人で。事情を了解してくれた。ぶっこみつかまつる!みたいな野蛮な種族ではなく、穏やかに待ってくれる人だった。色んな人がいる。

練習を繰り返しながら、筋肉がほぐれるのを待つ。指1本から2本になるだけで、もう相当痛いのだ。なにせいきなり倍だ。直径や長さを指の太さと比べてみる。長い道のりになりそうだった。何ヶ月もかけて途中でやめるのを繰り返し、その間仕事の疲労により性欲は殆ど湧かず、自主練も結構サボった。そのサボりは彼を多少落胆させた。申し訳なかった。ただ、どこがどのように痛いのか、具体的に話すようになった。共同作業なのだ。手元の見えないオペなのだ。だから私の痛覚がナビしなければ。とにかく彼の直径が通る道を筋肉が開ければ良いのだが、どこが滞っているのか確認する。「尻側が裂ける!そっちは行っちゃいかん!」とか。こう書くとウロのある大きな木のオバケのようだ。彼は内部を旅する小人で。壁を傷つけないように、擦るのもやばい。大変に痛がりの私は少し擦るだけで痛いと喚いていた。アルテイシアさんによると、快感を得るには体の自己開発が不可欠なのだと断言している。「女はオナニーをしろ〜〜!!」と。このままではAVやエロ漫画の超摩擦には耐えられそうに無かった。あの表現はどう見ても痛そうだが、あれが終着地点のようだった。

徐々に体が何を心地よいかを学習していく過程で、とある駅のアダルトショップに2人で降り立つ。自主企画『ローションとバイブを買ってみよう!』イベントである。指2本とちんぽの直径には隔たりがあるので、急に突っ込まれても粘膜の伸びが追いつかないのだ。その為裂けそうで痛い。摩擦なんかとんでもない。しかも指の節が引っかかって痛い。だから指とちんぽの境の質量に慣れれば、少しは緩和される筈だ。恥ずかしがる必要はない。これは物理の問題なのだ。ローションは摩擦で生じる痛みの緩和にとにかく必要との事なので、行ってみるっきゃない。

この店は高3の頃通っていた美術予備校の近くにあり、18歳になってから度胸試しとして制服で入ったことがある。あの時はひたすら恐ろしく吐き気すら催していた。しかし花の三十、何も怖くない。堂々としていたい。「わしは今、彼氏とセックスライフを楽しみ、堂々とこういう店にも買いにこれちゃうタイプの、性にオープンハートなおなごなんや…なんやで…!」自己暗示だ。本当はかなりビビっていた。でも彼氏の方が純粋で怖がっていたため、姉が虚勢を張らずにどうする。何とか目当ての物を買え、このグッズらは飛躍的に進捗を進めることになる。

その後徐々に勢力を伸ばしていったちんぽは、ついに円満侵略に成功する。膣は予め約束された侵略国家に対応しながらも、結構テンパってあたふたしていた。まだ入国しただけだ。ここからまともな交流に至るにはまだ慣らしが必要だった。何しろ言語が違う。摩擦で快感を感じる棒と、摩擦を痛がるど繊細な粘膜壁だ。一進一退の攻防と対話は続けられ、月日が経ち、ようやく普通っぽいセックスに辿り着いた頃。夢を見た。

山の中腹に立つ建物から向かいの平原を眺めている。田園か畑が黄金に輝き、空は広い。光が燦々と降り注ぐ。遠くに城壁のようなものと歩哨が見える。ここは内側のようだ。板張りの窓から身を乗り出して外を眺めていた私は少女。声をかけられ振り向くと、同じ歳の頃の少女が3人、顔を覗かせ笑っていた。この建物は宿屋の裏側、使用人の寝床のようだった。場面が変わり10代後半、客を取るシーンのようだ。暗がりの個室で何かを話している。灯りがともされて裾の長い着物を着ており、相手が座っているようだ。そこからシーンが崩れ断片的なカットが挟まる。暗い、赤茶色であまり覚えていない。

ハッとして起きた。夢ではない。記憶だ、誰かの。多分魂が以前体験した記憶。写実的で生っぽい景色だった。いつの時代か不明だが、昔。多分日本ではなく、大陸の方。これはもしかすると、春を売る商売だったのかも知れない。それがものすごく嫌だった、多分。それまで人と肌をくっ付けても安心した事がなかった。違和感だけで。人と同じベッドで寝る事が無理だった。そもそも緊張で眠れず、眠れたとしても浅くて疲れは取れず。人を信用できないのは生い立ちのせいだと思っていた。勿論それも多分にあるが、もっと奥に、セックスを嫌だと感じていた記憶があったとしたら。そもそも体内に侵入される事に異様な恐怖を抱えていた。アレはものすごく痛いんだ、と。

信用できる相手と日々対話を重ね、安心を知っていく。心を開ける練習をして、恐怖心を手放していく。その積み重ねにより、嫌な記憶の封印が解かれた。そんな印象を受けた。もう見せても大丈夫、とでもいうような。以前の自分が見たらより恐怖を強めたかも知れない。人を怖がる心理にお墨付きを与えるようなものだから。…それで、今だったんだなぁ、と寝ぼけた頭でしっかと理解した。

その後仕事を辞め無職になり、体をより解放していく方向に進んでいく。最近はロックされていた皮膚感覚が解除されたようで、触覚が前と全然違う。今まで左半身を不感症だと思っていたのに。皮膚感覚が変化したということは毛細血管の働きが変わったという事らしい。体が封印されるのには理由があるし、解除にも理由がある。そういう謎を解いていくのはとても面白い。

ただ書きたくて書き終えてしまった。書いたら読んでほしいものなので、後先考えないことにしよう。この文章を知り合いに見られたら面倒ではあるのだが、恥ずかしいと感じるのは私ではない。勝手に想像して恥ずかしがるのは読む側だ。なのでそちらの羞恥心は適当にあしらってほしい。

 

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